「運」を考える
今日は少し趣向を変えて「運」というのを論理的に考えてみたいと思います。
トランプゲームにせよ、ボードゲームにせよ、麻雀などにせよ、
多少なりとも「運」の要素のあるゲームをするとき、
「今日は運が良かった」とか
「ツイてる流れだった」とか
「流れが悪かった」
などと言う言葉を耳にすることがあると思います。
カードゲームで考えてみれば、みんな同じようにカードをシャッフルし、
同じようにカードが配られている。
もし、プレーヤーの実力が全員同じだとしても、
そこで勝敗が出てくるのはなぜか?
その部分が「運」と呼ばれる部分なのかなぁと思います。
前に何かで読んだことがあるのですが、
例えば、赤と青の砂を一つの瓶の中で混ぜ合わせた時、
それは均一に混ざり合い紫色になるのではなく、
赤の部分、青の部分と、まだらな部分ができます。
又、1と書いたボール、2と書いたボールを一つの箱に入れ、
その箱に手を入れボールを引き出した時、
それは、1212…と順番に出るのではなく、
112122…
などと、1のかたまりや2のかたまりが出てくるのではないでしょうか。
この「まだら」や「かたまり」の部分が、漠然と「流れ」と呼ばれている
ものなんじゃないかなぁ…と思う訳です。
まぁでも、それ以上にゲームには実力も重要なんでしょうけど^^;
負けず嫌いの私は、自分の負けを運や流れのせいにしたくないなぁと思うのです。
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